ひらいでみほの「その気になれば」

「その気になればブログも書けるさ!」と言わなきゃいけないほど、ブログって書くの大変なので、先に言い訳しておきます。「その気になれば、書きます!」

ひとつの時代が終わり、新しい時代がはじまる

こんな時は、妙に感傷的になるもの。

 

感情の解放、

平成の時代、抱え込んできたものの解放が行われているのかもしれません。

 

音楽を聴いても、

すれ違う人々を眺めても、

 

涙がじんわりしてしまう。

 

なのに、

昔からの自分の思考癖を思うに、

もしかしてサイコパスなのか?と思ったり、

 

それは、

自分が勝手に思い込む、目の前の人のストーリーがあって、

勝手に想像して、それに当てはめて、

ジーンとしてしまうなんて、

 

とてもとても、

ナルシストだ。

 

 

誰かの望む私でなかったこと。

そうはなれなかったこと。

自分の本質を知るのが怖くて、

遠ざけていたこと。

 

新しい時代は、

もっと自分をあらゆる角度から知って、

ダメダメな自分も、そのままに知りたい。

 

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平成はこんな感じでした

平成の幕開けは1989年。

 

私は7歳だったはず。

 

この辺の記憶はおぼろげですが、

小学生時代は何も考えず(今もだけど)、

それで許されていた時代。

 

中学に入って、

勉強についていけず、

中2からは不登校になり、

摂食障害発症。

 

現実に対処できないという、

ドロップアウト感があって、

これは中学から、というわけではなく、

もっと小さいころから潜在的に抱えていた気持ちだったように思う。

 

14歳〜20歳ころまでは暗黒時代。

入院、リスカ、引きこもりと、

にっちもさっちも行かない状況のなかをもがきながら、

それでも住み込みバイトに行ったり、少しずつ働いたりしながら、滝行と出会い、

 

摂食障害の症状はありながらも、

一瞬付き合った人もいたりして、

33歳頃には、かなり症状は落ち着き出し、

 

病気以外の世界にも目を向けられるようになり、

歌とか、ヘナとかから知り合った人とのつながりで、

 

朗読会をやらせてもらったり、

山登りやランニングなど、

大嫌いだったことが好きになったり、

 

すごく遅い歩みだけど、

すごく小さな事だけど、

 

私なりに成長出来ているなと、少しでも思える思えることが、

どうしようもなく逃げ腰の31年だったな〜という感じですが、

 

平成最後の日に、少し誇らしい気持ちです。

 

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これからも、

一歩一歩。

 

 

 

 

 

平成も終わりなのにこんな感じの私

世の中10連休中。

 

私は一昨日と昨日と滝行で、

今日はなか休み。

 

明日明後日とまた滝行して、

土日も滝で…

 

そう考えると10連休もあっという間に終わるな、

そしてあっという間に夏で秋で冬で、

 

1年終わるなこれ。

 

と、

どんどん時が経つ感覚が加速していく気がします。

 

1日家にこもってるとモヤモヤしてくるので、

散歩がてら買い物に。

 

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近所の花。

何気なく咲いてるのに整えられたみたいに綺麗だわ。

 

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今朝ヘナしてサラサラ髪になった私。

 

男っ気がないと言われますが、

事実男はおりませんw

 

まあ、焦りがないかというと嘘になるし、

恋人欲しい気持ちもなくはないけど、

めんどくささが先に立ってしまう。

 

それって異性に対してだけじゃなく、

生きることに対しても似ていて、

人並みになりたいとか、

一般的な幸せだとか、

そういうことへの関心が薄いように思う。

 

言い方を変えれば、

自分のことしか考えてないお子ちゃまな痛いヤツなんだけど、

 

なんていうのか、

人といる楽しさも知ってるし、

人恋しい時もあるし、

 

ステキな服を着たいとか、

いい暮らしがしたいという欲求もあるけど、

 

1人の気楽さや、

スッピンで適当な服を着て、

お金が無くてもふわっと暮らせることの気楽さの方に惹かれてしまうのは、

 

とても向上心がないのだけど、

 

とても苦しい思いをして、

必死でみんなと同じような暮らしをして自滅するのならば、

自堕落と言われようとも、

開き直りと言われようとも、

気楽さを第一に生きてもいいような気がしてしまうどーしようもなさです。

 

 

 

直感に従ってみるとうまくいくこともあるなの日に思うこと。

昨日軽く走りに行った際、

 

『あ、明日はちゃんと朝ごはんを食べよう』

と、なんとなく直感的に思って、

 

夜はお腹空かなかったのもあり、軽めに済ませて、

 

今朝のごはんがこれ。

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お見せできるほどのものではないけど、

 

・手前味噌で作ったセリと油揚げの味噌汁

・焼き鮭

・切り干し大根の煮物

もち麦入りごはん

・ヨーグルト

 

といったメニュー。

 

どうもこのところ、気持ちが上がり気味で、

ほんとはゆったり食べたかったのに、

ガツガツ食べてしまったけど、

まあよし。

 

お昼は滝の師匠と回転寿司へ行って、

ここでも季節限定という抹茶パフェまでしっかり食べて、

 

近くのブックオフで、

『モモ』ゲット。

 

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ミヒャエル・エンデの作品では、

これと『はてしない物語』が好きです。

『鏡の中の鏡』とか『サーカス物語』とかも読んだけど、かなり哲学的で難解で理解不能だった…。

(あ、でもサーカス物語は、作中で演じられている劇がモモの作中でも登場したりしてて面白かった)

 

モモにしても、はてしない物語にしても、

もちろん深遠なテーマがあるのだけど、

まずもって、児童文学のわかりやすい形に書かれていることで、すっと入りやすいし、

モモは昨年初めて読んだのだけど、

はてしない物語については、映画『ネバーエンディングストーリー』から入り、小学高学年のころから何度か読み返しているけど、

その度に、新たな発見がある作品。

 

きっとこのタイミングで買ったモモからも、

なにか新しい学びがあるのじゃないかと。

 

その後、歌の練習も兼ねてカラオケへ。

 

メンツ2人でガッツリ2時間、

歌いまくって、多分100キロカロリーは消費したよな〜と、

ドリンクバーについていたソフトクリームを、

回転寿司でパフェ食べたのに、また食べたことへの免罪符のように考えつつ、帰宅。

 

すこし休んで、

朝ごはん+回転寿司(パフェ)+ソフトクリームで、エネルギー満タンな体で、

ランニングへゴー。

 

軽く流すだけでもよいし、

疲れたら途中で止まってもよいし、

という、お気軽な気持ちで出たわりに、

 

結果、人生2度目の10キロ完走達成。

 

まぁ、滝の師匠には、

『もう死にそうな顔してる』

と言われましたが…。

 

自分1人で10キロ走れたことの達成感、

ハンパない!

 

ストレッチをして、お風呂に入っていたら、

ジンジンする体の感覚に身を委ねるうち、

先々週からの1週間、不調続きだったのの原因のひとつに、ふと気づいた。

 

滝行で、低体温になってたんだわ…私。

 

低体温からの過呼吸

回復して翌日病院受診(低体温のこと話す)、

からの、ガタッと不調。

 

前回のブログに、

『強制終了』って書いたけど、

 

それもあるけど、

低体温の体のダメージを、回復する1週間だったのかもしれない。

 

低体温になったこと、忘れていたわけじゃないのに、今更気づいた自分に驚いて、

不調期間中、罵声を浴びせていた自分や、

低体温になった時の自分に謝った。

 

このとき、自分のイメージでは、

謝っている自分(過去の自分)は、

竹林の中に佇む庵みたいなとこにいる、

泰然としたおおらかな人物であり、

 

謝っている現在の自分は、

調子の良し悪しやその日その日の出来事に反応して気分が乱高下してしまう、浅はかな人物、

というものなのだけど、

 

どちらもひっくるめて、私なのです。

 

中庸、グレーゾーン、

そういう言葉にもとらわれてしまう、

俯瞰的でなくては、とか、

大らかでなければ、とか、、、

 

どこかにベタッとひっついて、

なにも考えたくない。

これでオールオッケー!という、

魔法の思考や方法が欲しいと願ってしまう性質は変わらないし、

 

こんなにもいろんな自分を、

自分の中に感じるという事が、

すでに多様性を感じさせるし、

これで存在していること自体、

 

ひとつの答えのような気がする。

 

ジャッジをせず、

自分が今どう感じているか?

を分かること。

分からずともよいこと。

 

うん、まぁ、

今日もおつかれさま。

 

 

 

 

 

強制終了からの気づき

先週木曜日から、

気持ち的にはマリアナ海溝!てなくらいに、

 

落ちてました。

 

たぶん、毎度毎度いい加減にしてほしいけど、

 

生理前症候群=PMSというやつ。

 

体が重たい、

便秘、

イライラ・ソワソワ・モヤモヤ・落ち込み、

朝起きられない、

だるさ、

過食やお酒など、衝動のコントロールが効かない

 

などなどの不快症状。

 

こんな状態では歩きにも走りにも行けないわけですが、

ウォーキング・ランニングアプリからは毎夜、

 

『まだ運動してませんよね?』

 

という通知が来る。

 

…うるさいよ(心の声)

 

過食もお酒も好きなだけやって、

最悪な目覚めに布団から出られない日を重ねて、

 

少し、復活。

 

久しぶりに今日は走りに行けたし、

新調したランニングタイツのおかげもあって、

ラクに気持ちよく走れたし、

 

久しぶりに美味しくご飯を食べられたし、

お通じも改善したし、

 

『お腹すいた〜』って空腹感も、復活。

 

と思っていたら、

4、5ヶ月ぶりに連絡が来た人がいて、

なんだか素敵なご縁が貰えそうな話もあって、

 

停滞していたものが、動き出した感じ。

 

それもこれも、

メチャクチャ不快で腹立たしくてもどかしくてイヤだけど、

 

まるで『強制終了』するみたいに、

体も心も電源オフして、

充電したおかげなのかもしれない。

 

過食やお酒は疲れるけど、

これのおかげでクタクタになって眠れたおかげで、

疲れた体が回復して、

体にエネルギーが回ったのかもしれない。

 

調子が良いと、どこまでも突っ走る傾向がある私は、

気をつけているつもりでも、

『この辺で一旦休み』というラインを超えて、

活動してしまう。

 

こまごまと休養を取るのが苦手で、

ガーーーッと走り続けて、

いきなりバタンと倒れる、というようなパターンか、

 

『いいかげんにしろよ』

と、体と心がストライキを起こすイメージで、

過食や不快な症状を総動員して、

動かないように仕向けてくる。

 

そう、

あたかも、パソコンの『強制終了』のように。

 

ここまでなる前に、

活動と休養のバランスを取りたいけど、

 

動いている時は、

肉体的なものも、精神的なものも、

疲労感を感じることが難しい。

 

楽しい!

動けてる!

ってほうに、針が振り切れがちで、

 

今、私はどう感じてるのか?

体はどうなのよ?

と、

 

現状を把握することができない。

 

少し、引いた目線。

俯瞰した視野で自分もまわりも見つめる余裕。

 

そういう余裕を、持っていたい。

 

余裕、余白、遊び、

みたいなスペース。

 

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ドラッグストアの駐車場で猛烈に考えている

こういうことをやれば、

人からよく思われるのではないかとか、

よく見えるのではないかとか、

 

そういうことを、

『やりたいこと』

『理想の自分』

にしてきたような気がする。

 

今の私はお酒飲みたくて、

たくさん食べたくて、

でもこれらが表している、

ほんとうにしたいことってなんなのか?

 

ほんとうに食べたい、

飲みたいなのかもしれないけど、

 

すごく健康的なこととか、

癒されるようなこととか、

そういうことが『正解』で、

 

『食べたい』や『飲みたい』や『寝たい』なんかは、ダメって気がしていないだろうか。

 

フラッと買い物に来た先で売られていた花を買って活けようなんて、とても素敵だし、

 

普段はヘナして、ノンシャンプーだけど、

たまにはシャンプーしてトリートメントして、

いろんな香りや感触に触れたいと思ったのだって、

ひとつのこと(例えばヘナとか健康的なもの)だけじゃなく、

いろんな選択肢があるのだから、

その時の気分でチョイスしていいんだってことだし、

 

だけどこういうことが、

ほんとうに自分が今、やりたいことなのか?

と言われると、

途端によくわからなくて、ボンヤリしてしまう。

 

だから余計に、

健康的だったり、耳障りや見た目が良かったりすることが、正解なような気がしてしまう。

 

完璧さ、

コントロールできているという快感は、

とても素晴らしいけど、

そうできない時(例えばここ1週間ばかりの私)は、

 

とても惨めで、

自分がダメ人間で、

なんの価値もなく、

醜い存在のように感じてしまう。

 

実際、活動量が減って、

食べる量が増えて、

腰回りが重たくなったり、

足の筋肉が緩んできている感覚が如実に実感されると、

 

よけいに自分への攻撃と、

過剰な自意識の悪循環にはまる。

 

どうしたいんだろう?

何がしたいんだろう?

 

何がしたくないのだろう。

 

本心を感じることを妨げているのはなんなんだろう。

 

こんな気持ちや体の状態って、

「なんだ」って感じなんだけど、

生理前になると、

すごく重いか、そうでもないかって差はあるけど、

大体やって来るもので、

 

今回は、酷い(と感じる)。

 

過食に飲酒に引きこもり。

 

生理前の心身の不調はPMS月経前症候群)と言って、様々な不快な症状が出るのだけど、

 

過食の場合は、

月経前までのひと月、どんな食生活をしてきたか?の『通知表』という側面があるそうで。

 

生理前に過食になる人は、

それまでの期間、『栄養不足』に陥っていて、

体が『生理のためのエネルギーが足りない!』と信号を出し、無性やたらと食べたくなるという事らしい。

 

防ぐためには、普段から、

タンパク質や良質の油を摂取して、

バランスの良い食事を心がけましょうという…

 

納得だけど、聞き飽きたわ〜って感じてしまう、

今の精神状態汗

 

バランスの良い食事が先か?

それとも、それを維持できる精神状態が先か?

という、『卵が先か鶏が先か?』というような、

禅問答のような気持ちになる。

 

とりあえず、

花が綺麗なので良しとしよう。

 

結局、何がしたいかは分からなくても、

 

花がきれいとか、

いい匂い嗅ぎたいとか、

食べたい飲みたいも含めて、

『五感を使うこと』がキーワードなんだな、

とは思う。

 

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久々にきた…

4月に入り、寒の戻り。

 

桜の開花も足踏み状態?

 

↓は滝の帰り、ご案内しているお風呂、

山北町営さくらの湯」付近、

今週月曜日のようす。

 

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満開に近い木もありますが、

まだまだ2〜3分咲きのものも。

 

今週末あたりまで、お花見は楽しめそうです。

 

多分今朝は、

寒の戻りのピーク。

 

夕日の滝のある、南足柄市では、

最低気温が0度まで下がったとか…

 

すっかり油断してしまい、

水温4.8度で、役1時間ほど入水して…

 

きた、低体温。

 

呼吸が苦しくなり、動けなくなり、

体温戻るも、最終的に過呼吸に。

 

ちょっとラクになったかな?

と思うと、

ぶり返す、を繰り返し。

 

ようやく発作が治ると…

ぼーっとして、今度は凄い眠気。

 

帰りの車では、瞬間的にですが、

爆睡。

 

ようやく復活して、

夕ご飯は中華料理屋さんでがっつり。

 

パワーチャージ完了。

 

とはいえ、ダメージ大きく、

今日はお風呂に浸かって、早く寝ます。

 

そうそう、

今日は調子崩さなければ、

ダイヤモンド富士を見に行きたかったのでした。

 

滝の師匠が写した1枚を。

 

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