ひらいでみほの「その気になれば」

「その気になればブログも書けるさ!」と言わなきゃいけないほど、ブログって書くの大変なので、先に言い訳しておきます。「その気になれば、書きます!」

40手前で色々考える

またしても久しぶりの更新となりました。

 

もう遠い過去みたいに感じますが、

5月の10連休のあと、

 

暫定日本一の高さのバンジージャンプに行ったり、

草津温泉に行ったり、

ハイキングしたりと、

少し遅いゴールデンウィークを過ごし、

 

その頃から、

うすら体調の悪さを感じてたのですが、

 

実家の母も調子を崩して入院したり、

父も透析や高血圧や持病をもってるので、

何もできないですが実家に帰り、

掃除したりご飯作ったりして、

 

自宅に帰ってきても実家のことが気になりつつ、

滝もやって、それなりにバタバタ過ごしていて、

 

ふと、

入浴施設で血圧計があったので計ってみたら、

上が142。

 

一時的なもんかな、と思ってましたが、

ツキイチの病院で計っても同じ値で。

 

高血圧、確定診断。

 

疲れが取れないとか、

やる気が起きないとか、

体型の変化とか、

じわじわ体の変化、

心の変化を感じてましたが、

 

何にも考えずに飲み食いして、

夜遅くまで遊んで、

(そんなこと滅多になかったけど)

 

体力とか疲れとかを気にせずに過ごせた時期は、

とうに終わったんだと気づき、

気持ち的に秋めきました。

 

ずっと不順気味だった生理が、

このところ割と順調に来ているんですが、

そうなると、生理前の不調も、

早いペースでくるんです。

 

私の場合は、

過食や気分の落ち込み、

むくみや胸のハリなどが、

生理前の2週間ほど続き、

 

つまりひと月のうち半分は、

精神的にも肉体的にも、

不調になってしまうということ。

 

うーん、

これはかなり…ツライ。

 

高血圧になったので、

減塩も心がけてますが、

アホみたいに飲んでいたお酒も、

ここのところは控えてます。

 

飲みだすと、際限がないというわけではないけど、

500ミリリットル缶×2本、

350ミリリットル缶1本に加え、

ワインや日本酒など、

ストックがあればさらに1、2杯飲んでしまい、

 

寝る前の記憶がなかったり、

夜中トイレに起きて、あまりの気持ち悪さで、

『明日は飲むまい』と思うのに、

翌日も夕方になれば飲んでしまう…の繰り返し。

 

認めたくはないけど、

完全にアルコール依存状態で、

 

たまに断酒するものの、

一度飲んでしまうと、

また上記のサイクルにハマり、

なかなか抜け出せない…の繰り返しでした。

 

高血圧の診断や、

ここ2年ほど健康診断受けてなくて、

血液検査もしてませんが、

絶対これだけ飲んでたら、

肝臓もやられているはずなので…

 

5月の後半からは、

週1〜2回の飲酒、

量は350ミリリットル缶1本に、

ワイン一杯程度に抑えてます。

 

今度久しぶりに、

病院で血液検査やってもらおうかな。

 

現実を知るのは怖いけど、

やっぱり直視しないことにはどうにもならないし、

改善できることも見えてこない。

 

これは体も心も同じで、

 

前も書きましたが、

お酒を飲まない夜は時間が余るので、

イタイヤツですが、

ノートに気持ちを書きなぐったり、

過去の家族とのアレコレを書き出してみたりしてるうちに、

普段脳みそをいかに使ってないかという話なんですが、

すぐに眠くなってきて、寝てます笑

 

そうこうするうち、

前にやってたヨガをまたやろうかなぁとか、

より深く、自分と向き合うために、

瞑想してみようかなぁとか思い出し、

 

ある日の早朝、

滝の前でやってみたのがこちら。

 

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プロの方に、

プロのカメラで撮影してもらった写真。

やはり空気感まで伝わる写真は素晴らしいです。

モデルは…いまいち汗

 

あとはこれも、以前書きましたが、

お料理に自分なりにこだわってみたり、

 

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おきまりのワンプレート。

モリモリ野菜が特徴。

 

お野菜もできるだけ無農薬のものを手に入れてみたり、

塩麹を作って肉や魚を漬け込んでみたりと、

まあ、それなりに楽しんでます。

 

最近久しぶりにお会いした方に言われたのが、

 

『弱さを隠して必死で強く見せようとしてるように見える』、

『自然体で大丈夫なのに頑張って強く見せようとしてる』、

とな。

 

わたしなりに解釈するに、

 

『自然体の自分、ありのままの自分が嫌いで、

違う誰かになろうとしている』

って感じなのかなぁと…。

 

持ち味とか、

持って生まれた性質とかじゃなくて、

別の何か、

誰かになろうとしすぎて、

本来の自分ってものが分からなくなってしまった状態。

 

自分を否定しすぎて、

なにがしたいのがとか、

なにが嫌なのかとか、

そういう事すら、分からなくなってしまった状態。

 

そういう事に向き合うのを、

とりあえず今は目の前のことをやろうと、

しばらく棚上げにしてきたのですが、

 

そろそろ限界にきてるなぁ…という。

 

体のこともそうだけど、

自分の中に何が足りなくて、

何が欲しくて、

何が過剰なのかということにも、

光を当てて、整理する時期が来ている、

それが出来る時期に来ているのかなぁとも思います。

 

40歳は不惑

とも言われますが、

 

40歳を手前に、

惑いっぱなしな、

情けないわたし。

 

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↑は先日お詣りした最乗寺。

僧侶の方が坐禅するお堂。

 

煩悩を払いたいというのもまた、

煩悩であろうな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょろっと食べ物について

久しぶりの更新です。

 

当たり前ですが、

毎日口にするもので、

体は作られます。

 

と考えれば、

毎日口にする言葉で、

自分が作られるという、

スピリチュアルなんだかオカルトなんだか、

ということも、

頷ける気がする不思議。

 

それはともかく、

食べ物が体を作るということに、

異論がある人はいないはず。

 

令和に入り、

バタバタ過ごすこと早ひと月。

 

平成でも、令和でも、

油断すると、

『やる気ない』スイッチがオンになって、

お惣菜やら、外食やらで済ますことが、

連日になっているのも当たり前。

 

気が向けば、

酵素玄米炊いたり、

味噌汁毎日作ったり、

ひとりなりの、手間のかかるものはしないまでも、

それなりの料理もするんですけど。

 

今日は疲れたーとか、

やる気ないわ〜とか、

 

流されがちな貧弱マインド。

 

それでも、

周囲にいる、

手作りごはんを大切にしている方々に影響されて、

そんな方々をリスペクトさせて頂くうち、

 

最近また、ご飯作ってます。

 

【例】

 

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歌の先生をお招きした晩酌メニュー。


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豚肉の手前味噌漬け。

 


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ある日のブランチ(和食)

 


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休日のお昼(麺多いw)

 

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群馬みやげのひもかわうどん

 

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自炊すると、

どの料理から作り始めて、

どこで麺を茹でるかとか、

どこでこれとこれを和えるだとか、

 

無意識に脳トレ的な段取りをしてるし、

 

センスないなりに、

盛り付けの彩りに気を使ったりと、

 

色々と磨かれている気がする。

 

代償?ってわけじゃないけど、

 

なんでこんなに1人の一食分なのに、

洗いもんおおいの?

と思ったりもするけど。

 

茹でるだけ、

蒸すだけ、

簡単調理だとしても、

 

自分で作ったごはんは、

栄養分がパワーアップしてる気がする。

 

自前の『気』みたいなものが、

ご飯を通して、

体の内側から溢れ出すような気がする。

 

これからも、

時間と体力とやる気と相談しながら、

こんな自分と、

そして少ないけど、一緒に食べてくれる誰かにも喜んでもらえるごはんを、

 

できるだけ、作っていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お金が、時間があったとしても

10連休も明日で終わり。

 

私は、今日でGWの滝行は終了。

 

世間と入れ替わりに、明日から連休です。

 

明日はちょろっと予定があり、

明後日はバンジージャンプ

 

水曜日〜土曜日までの予定が、未定。

 

沖縄行こうか?

(でもなんだかんだで10万くらいかかる)

 

伊勢神宮行こうか?

(いまいち惹かれない)

 

玉川温泉行こうか?

(遠いわ!)

 

結局のところ、『その気にならない』ってことなのかな。

 

沖縄はね〜、

なんだか南の方に行きたいから、

とりあえずお金は度外視しても、

那覇まで行ってしまえば、なんとかなるのかも。

でも直前だと飛行機高いよね〜。

沖縄に行ったのはかなり前だから、

初めて行く、くらいの気持ちでいけるとは思うし、

街中をぶらつくのも楽しそうだし、

ジョギングするのもよさそうだけど。

 

伊勢神宮はなんとなく、

昨日ふわっと思いついた。

けどなんかな〜、呼ばれてるって感じはしないなー。

 

 

玉川温泉は、

滝の師匠がむかーし通っていて、

皮膚病や腰痛が治ったときいて、

一度行ってみたい場所。

けど8時間以上かかるって思うと…

腰重いなぁ〜。

 

とか、

結局言い訳と、

その気にならない感じ。

 

遠出するなら今夜中か、

明日中に行き先のメドだけでも立てないと。

 

 

一応、1週間旅するくらいのお金はある。

時間も確保した。

なのに行きたい場所がない悲しさよ。

 

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ひとつの時代が終わり、新しい時代がはじまる

こんな時は、妙に感傷的になるもの。

 

感情の解放、

平成の時代、抱え込んできたものの解放が行われているのかもしれません。

 

音楽を聴いても、

すれ違う人々を眺めても、

 

涙がじんわりしてしまう。

 

なのに、

昔からの自分の思考癖を思うに、

もしかしてサイコパスなのか?と思ったり、

 

それは、

自分が勝手に思い込む、目の前の人のストーリーがあって、

勝手に想像して、それに当てはめて、

ジーンとしてしまうなんて、

 

とてもとても、

ナルシストだ。

 

 

誰かの望む私でなかったこと。

そうはなれなかったこと。

自分の本質を知るのが怖くて、

遠ざけていたこと。

 

新しい時代は、

もっと自分をあらゆる角度から知って、

ダメダメな自分も、そのままに知りたい。

 

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平成はこんな感じでした

平成の幕開けは1989年。

 

私は7歳だったはず。

 

この辺の記憶はおぼろげですが、

小学生時代は何も考えず(今もだけど)、

それで許されていた時代。

 

中学に入って、

勉強についていけず、

中2からは不登校になり、

摂食障害発症。

 

現実に対処できないという、

ドロップアウト感があって、

これは中学から、というわけではなく、

もっと小さいころから潜在的に抱えていた気持ちだったように思う。

 

14歳〜20歳ころまでは暗黒時代。

入院、リスカ、引きこもりと、

にっちもさっちも行かない状況のなかをもがきながら、

それでも住み込みバイトに行ったり、少しずつ働いたりしながら、滝行と出会い、

 

摂食障害の症状はありながらも、

一瞬付き合った人もいたりして、

33歳頃には、かなり症状は落ち着き出し、

 

病気以外の世界にも目を向けられるようになり、

歌とか、ヘナとかから知り合った人とのつながりで、

 

朗読会をやらせてもらったり、

山登りやランニングなど、

大嫌いだったことが好きになったり、

 

すごく遅い歩みだけど、

すごく小さな事だけど、

 

私なりに成長出来ているなと、少しでも思える思えることが、

どうしようもなく逃げ腰の31年だったな〜という感じですが、

 

平成最後の日に、少し誇らしい気持ちです。

 

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これからも、

一歩一歩。

 

 

 

 

 

平成も終わりなのにこんな感じの私

世の中10連休中。

 

私は一昨日と昨日と滝行で、

今日はなか休み。

 

明日明後日とまた滝行して、

土日も滝で…

 

そう考えると10連休もあっという間に終わるな、

そしてあっという間に夏で秋で冬で、

 

1年終わるなこれ。

 

と、

どんどん時が経つ感覚が加速していく気がします。

 

1日家にこもってるとモヤモヤしてくるので、

散歩がてら買い物に。

 

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近所の花。

何気なく咲いてるのに整えられたみたいに綺麗だわ。

 

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今朝ヘナしてサラサラ髪になった私。

 

男っ気がないと言われますが、

事実男はおりませんw

 

まあ、焦りがないかというと嘘になるし、

恋人欲しい気持ちもなくはないけど、

めんどくささが先に立ってしまう。

 

それって異性に対してだけじゃなく、

生きることに対しても似ていて、

人並みになりたいとか、

一般的な幸せだとか、

そういうことへの関心が薄いように思う。

 

言い方を変えれば、

自分のことしか考えてないお子ちゃまな痛いヤツなんだけど、

 

なんていうのか、

人といる楽しさも知ってるし、

人恋しい時もあるし、

 

ステキな服を着たいとか、

いい暮らしがしたいという欲求もあるけど、

 

1人の気楽さや、

スッピンで適当な服を着て、

お金が無くてもふわっと暮らせることの気楽さの方に惹かれてしまうのは、

 

とても向上心がないのだけど、

 

とても苦しい思いをして、

必死でみんなと同じような暮らしをして自滅するのならば、

自堕落と言われようとも、

開き直りと言われようとも、

気楽さを第一に生きてもいいような気がしてしまうどーしようもなさです。

 

 

 

直感に従ってみるとうまくいくこともあるなの日に思うこと。

昨日軽く走りに行った際、

 

『あ、明日はちゃんと朝ごはんを食べよう』

と、なんとなく直感的に思って、

 

夜はお腹空かなかったのもあり、軽めに済ませて、

 

今朝のごはんがこれ。

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お見せできるほどのものではないけど、

 

・手前味噌で作ったセリと油揚げの味噌汁

・焼き鮭

・切り干し大根の煮物

もち麦入りごはん

・ヨーグルト

 

といったメニュー。

 

どうもこのところ、気持ちが上がり気味で、

ほんとはゆったり食べたかったのに、

ガツガツ食べてしまったけど、

まあよし。

 

お昼は滝の師匠と回転寿司へ行って、

ここでも季節限定という抹茶パフェまでしっかり食べて、

 

近くのブックオフで、

『モモ』ゲット。

 

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ミヒャエル・エンデの作品では、

これと『はてしない物語』が好きです。

『鏡の中の鏡』とか『サーカス物語』とかも読んだけど、かなり哲学的で難解で理解不能だった…。

(あ、でもサーカス物語は、作中で演じられている劇がモモの作中でも登場したりしてて面白かった)

 

モモにしても、はてしない物語にしても、

もちろん深遠なテーマがあるのだけど、

まずもって、児童文学のわかりやすい形に書かれていることで、すっと入りやすいし、

モモは昨年初めて読んだのだけど、

はてしない物語については、映画『ネバーエンディングストーリー』から入り、小学高学年のころから何度か読み返しているけど、

その度に、新たな発見がある作品。

 

きっとこのタイミングで買ったモモからも、

なにか新しい学びがあるのじゃないかと。

 

その後、歌の練習も兼ねてカラオケへ。

 

メンツ2人でガッツリ2時間、

歌いまくって、多分100キロカロリーは消費したよな〜と、

ドリンクバーについていたソフトクリームを、

回転寿司でパフェ食べたのに、また食べたことへの免罪符のように考えつつ、帰宅。

 

すこし休んで、

朝ごはん+回転寿司(パフェ)+ソフトクリームで、エネルギー満タンな体で、

ランニングへゴー。

 

軽く流すだけでもよいし、

疲れたら途中で止まってもよいし、

という、お気軽な気持ちで出たわりに、

 

結果、人生2度目の10キロ完走達成。

 

まぁ、滝の師匠には、

『もう死にそうな顔してる』

と言われましたが…。

 

自分1人で10キロ走れたことの達成感、

ハンパない!

 

ストレッチをして、お風呂に入っていたら、

ジンジンする体の感覚に身を委ねるうち、

先々週からの1週間、不調続きだったのの原因のひとつに、ふと気づいた。

 

滝行で、低体温になってたんだわ…私。

 

低体温からの過呼吸

回復して翌日病院受診(低体温のこと話す)、

からの、ガタッと不調。

 

前回のブログに、

『強制終了』って書いたけど、

 

それもあるけど、

低体温の体のダメージを、回復する1週間だったのかもしれない。

 

低体温になったこと、忘れていたわけじゃないのに、今更気づいた自分に驚いて、

不調期間中、罵声を浴びせていた自分や、

低体温になった時の自分に謝った。

 

このとき、自分のイメージでは、

謝っている自分(過去の自分)は、

竹林の中に佇む庵みたいなとこにいる、

泰然としたおおらかな人物であり、

 

謝っている現在の自分は、

調子の良し悪しやその日その日の出来事に反応して気分が乱高下してしまう、浅はかな人物、

というものなのだけど、

 

どちらもひっくるめて、私なのです。

 

中庸、グレーゾーン、

そういう言葉にもとらわれてしまう、

俯瞰的でなくては、とか、

大らかでなければ、とか、、、

 

どこかにベタッとひっついて、

なにも考えたくない。

これでオールオッケー!という、

魔法の思考や方法が欲しいと願ってしまう性質は変わらないし、

 

こんなにもいろんな自分を、

自分の中に感じるという事が、

すでに多様性を感じさせるし、

これで存在していること自体、

 

ひとつの答えのような気がする。

 

ジャッジをせず、

自分が今どう感じているか?

を分かること。

分からずともよいこと。

 

うん、まぁ、

今日もおつかれさま。